1.はじめに
最近の研究では、大学院生(特に博士後期課程の学生)のメンタルヘルスの問題がNature やScienceといった著名な学術誌上で頻繁に取り上げられています。またメンタルヘルスとの関連要因についても研究で明らかになってきています。アメリカのCouncil of Graduate Schools (CGS)&JED財団の報告書によれば、アメリカの大学院生について、女子学生、国際学生、LGBTQ+、マイノリティの人種の学生の不安や抑うつの得点は高く、プレッシャーの主要因には、論文発表・出版競争、指導教員との関係、経済的不安、高度に競争的な就職、ワークライフバランスの困難、インポスター症候群(※)などが言われています。これらのメンタルヘルス支援は学生相談機関だけの課題ではなく、研究の指導体制、経済支援、評価制度、キャンパス文化と相互に連動していると指摘されています。
※「インポスター症候群」とは?
卓越した学業・職業的達成をしている女性の一部にみられる現象で、「自分は実際には賢くなく、そう思わせている人々をだましているに過ぎないという信念を持ち続ける」ことを言います(Clance PR & Imes S.,1978)。
2.研究室メンバーの健康に配慮した研究室づくりとは?
海外では研究室の健康を保つための方法に関する文献がいくつかありますので、そのうちの一つを紹介します。Maestre(2018)が、雑誌Natureに健康で幸せな研究室づくりについて7つのステップの記事を執筆しています。
研究室運営を行う際の参考になると思いますので、本記事では日本語に翻訳してお伝えしたいと思います。

1.私たちは科学者である前に一人の人間です。私生活や健康は、仕事よりも常に大切です。
2.私たちは各自が自分のスケジュールを管理しています。
研究室やオフィスで過ごした時間の長さではなく、仕事の成果で評価されるべきです。
3.研究室のメンバーは「私のために」ではなく「私と共に」働いています。私たちは皆、同じ船に乗っており、 互いに利益となるように働いています。研究室全体がうまくいけば、研究室の一員全員にとって良いことです。
4.すべての人が同じくらい重要な仕事をしており、研究室内に「厳格な」上下関係はありません。
もちろん、PI(※)として私は多くの問題で最終決定権を持ち、日々決断をする必要がありますが、 重要な決定は関係者全員と話し合うよう努めています。
※PIとは、Principal Investigatorの略で、「研究代表者・主任研究者」のことです。
5.私は誰にも自分と同じことを期待しません。私はこれまで長時間働き、極度のストレスを感じることも多々ありました。私はいつも早起きをして、家族が寝ている間に仕事を始めますが、このワーク・ライフ・バランスは私に合っています。午後や週末、祝日は家族に充て、夏には1か月間の休暇を取ります。研究室のメンバーも、それぞれに合ったバランスを見つけるべきです。
6.私は誰かを他の誰かと比較することは決してしません。人は皆違います。私の指導者としての役割は、各人の個性や能力を伸ばし、それぞれが目標や可能性を達成できるようサポートすることです。
7.私たちには締切や、キャリアの中で本当に一生懸命に長時間働かなければならない特定の時期もあります。 しかし、それは例外であり、規則であってはなりません。労働時間は法律で定められており、私たちは仕事以外の 人生も持つべきです。私が控えるよう促しても、長時間や週末に働くことを好むメンバーもいるかもしれません。私はこうした個々の選択も尊重します。誰もが自分に最も合ったやり方を選ぶべきです。
3.まとめ
(1)大学院生の心身の健康には環境要因が大きく影響しています。まだまだ日本では、研究室運営、特に心身の健康や学生の満足度を高めるためのノウハウは十分に共有されていませんが、海外にはこのような文献がいくつかあります。
(2)大学院生に関する心身の健康に関して文化差はあるかもしれませんが、研究室メンバーの心身の健康づくりに役立てていただければと思います。
引用文献
①Maestre, FT (2018) Seven steps towards health and happiness in the lab. Nature.
doi:10.1038/d41586-018-07514-7.
②Council of Graduate Schools & The JED Foundation (2021)“Supporting Graduate Student Mental Health and Well-being: Evidence-Informed Recommendations for the Graduate Community”
https://jedfoundation.org/wp-content/uploads/2021/07/CGS-JED-Grad-Student-Mental-Health-Report.pdf
③Clance PR & Imes S.(1978)The Imposter Phenomenon in High Achieving Women: Dynamics and Therapeutic Intervention. Psychotherapy Theory, Research and Practice, 15(3), 241–247.
