1.はじめに
教員の皆さんは、授業や研究指導を行う中で、「学生が授業に主体的に参加するために何ができるだろう?」、「研究に意欲的に取り組むために、どのような工夫が必要なのだろう?」と悩むことはないでしょうか。学生の授業や研究に対するモチベーションを高め、持続させるためには、目標設定の仕方が鍵となります。この記事では、学生が意欲的に課題に取り組み続けるために、どのように目標設定を行えばよいのかを提案します。
2.学習目標には2種類がある:達成目標理論から
教員として授業や研究指導を行っていると、課題に失敗しても粘り強く取り組み続ける学生がいる一方で、失敗をきっかけにすぐにあきらめてしまう学生もいると感じることがあるのではないでしょうか。このような違いは、子どものモチベーションに関する研究でも古くから指摘されています。こうした研究では、前者は「熟達志向型」、後者は「無力感型」と呼ばれています。熟達志向型の子どもは、失敗に直面したとき、それを単なる失敗として捉えるのではなく、自分の遂行を改善するための手がかりとして捉えることが多いとされています。一方、無力感型の子どもは、ひとたび課題に失敗すると否定的な感情を抱きやすく、失敗を自分の能力のせいだと捉えることが多いことが明らかになっています(Diener & Dweck, 1978, 1980)。
熟達志向型の子どもが持つ目標を「熟達目標」(mastery goal)と言います。熟達目標とは、新しいことを習得して能力を伸ばしていこうという目標のことです。一方、無力感型の子どもが持つ目標を「遂行目標」(performance goal)と言います。遂行目標とは、他者から自分が能力が高いことを評価してもらおうという目標のことです。熟達目標と遂行目標は、いくつかの観点から整理されています(表1)。

3.以前よりも自分が成長したことを実感できる目標設定を
学生のやる気を損なわずに、授業や研究を進めていくためには、目標設定の仕方が重要なポイントになります。教員の皆さんはどのようなことに留意し、学生に対応していくとよいのでしょうか?
「モチベーション」の研究に長年取り組んできた研究者は、自分が得意な課題対しては遂行目標を設定し、一方で、自分が苦手な課題に対してはこれまでの成績や到達状況を踏まえながら、それを超える適度な目標(熟達目標)を設定することを勧めています(櫻井,2021)。この考え方は、学生のやる気を維持するために重要な「目標設定の基本姿勢」と言えるでしょう。
さらに踏み込んで、私たち学生相談室のカウンセラーの立場からは、教員の皆さんが研究指導を行う際には、学生一人ひとりの実態を踏まえた上で熟達目標を設定し、学生のやる気が維持されるよう配慮することをお勧めしたいと考えています。目標達成理論に基づいて、教員の皆さんに心がけていただきたい学生への関わり方をまとめると次のようになります。
(★は、学生相談室で、時々、話題になるエピソードです。)
1.学生の能力(課題に取組む力)を見極め、適度な努力で達成できる目標(課題)を設定しましょう。
★課題が難しすぎると、挑戦しようという気持ちが起きないと話す学生も多いです。
2.学生が課題に一生懸命に取り組む(挑戦する)姿勢を積極的にほめましょう。
3.課題に取り組んだ成果だけでなく、課題に取り組むプロセスに注目するようにしましょう。
★大学生になってから、高校生の頃と比べて先生からほめられる機会が少なくなり、やる気が起きないと話す学生がいます。
4.課題への取り組みが失敗した場合も、取り組んだこと自体を評価し、失敗から学んだことを考えるように促しましょう。★優秀な成績を収めてきた学生ほど、「失敗=悪いこと、あってはならないこと」と捉えがちです。
5.他の学生の成績(成果)と比較する言動は控えるようにしましょう。
★周囲の学生と比較をして自己評価が下がり、自身の存在意義について悩んでいる学生がいます。
昨今の厳しい研究環境の中では、他者との競争に打ち勝って、研究成果を収めていくことが求められています。ただし、その場合でも、基本的には熟達目標を設定して小さな目標の達成を積み重ねたうえで、最終的に遂行目標の達成を目指すという姿勢が、学生のやる気を維持するうえで重要であると言えるでしょう。
4.まとめ
(1)学生の学習や研究へのモチベーションを維持するためには、遂行目標(他者から自分の能力が高いことを評価してもらおうという目標)ではなく、熟達目標(新しいことを習得して能力を伸ばしていこうという目標)を設定するように関わることが重要です。
(2)学生が適度な努力で達成できる目標を設定し、課題に一生懸命に取組む姿勢をほめましょう。また、失敗をした場合でも課題に取組んだ姿勢を評価し、失敗から学んだこと考えるように促しましょう。
引用文献
①Ames C & Archer J (1988) Achievement goals in the classroom: Student’s learning strategies and motivation strategies and motivation processes. Journal of Educational Psychology, 80, 260-267.
②Diener CI & Dweck CS (1978) An analysis of learned helplessness: Continuous change in performance, strategy, and achievement conditions following failure. Journal of Personality and Social Psychology, 36, 451-462.
③Diener CI & Dweck CS (1980) AN analysis of leaned helplessness: Ⅱ.The processing of success. ournal of Personality and Social Psychology, 39, 940-952.
