1.はじめに
教員の皆さんは、日常的に授業や研究指導で学生と接する中で、学生のやる気をどう引き出すことが難しいと感じることはあるでしょうか?学生にやる気をもって課題に取組んでもらうことは、学習や研究のパフォーマンスを上げるために不可欠です。やる気がない状態が長期に渡って続くと、メンタルヘルスの問題が生じ、修学の継続が困難になることもあります。そのため、そうした深刻な事態の発生を防ぐことが重要になります。それでは、学生のやる気を引き出す(あるいは維持する)ために、教員ができることはあるでしょうか?この記事では、教育心理学の観点からみた「無気力が生じるメカニズム」を紹介し、無気力を予防するために教員ができることを提案したいと思います。
2.無気力を引き起こす要因とは?
無気力(落ち込んでやる気がない状態)を引き起こす重要な要因は、①無力感、②絶望感、③無目標であると言われています。無力感、絶望感は、次のような状態を言います。
(1)無力感(helplessness)ネガティブな事態を自分の力ではどうすることもできないという思い
ネガティブな事態に対して、自分の力ではコントロールできない、対処できないという認知(捉え方)
(2)絶望感(hopelessness)これからもずっと無力であろうという思い。無力な状態が続くという予測
将来にわたって、①ネガティブな状態が続き、②そうしたネガティブな事態に対して自分の力ではコントロールできない、対処できないという予期
ネガティブな事態に遭遇した際に、無気力に陥るか否か、また、無気力が生じる期間は、無力感や絶望感を抱くかどうかで異なります(図1)。例えば、大学生が試験で悪い点を取った際に「自分の能力が低いからだ」と考えた場合、「能力」は自分ではコントロール不可能で変動しない要因であるため、無力感・絶望感が生じ、やる気が低下することになります。一方、「一生懸命、勉強しなかったからだ」と考えた場合、「努力」は自分でコントロール可能で変動する要因であるため、無力感・絶望感は生じることはなく、やる気も維持されます。

3.無気力を予防するために教員ができることとは?:声かけの工夫
成功や失敗といった事態の原因を探求し何かに求めることを「原因帰属」(causal attribution)と言います。“努力によって能力が伸びる”(能力は自分でコントロールできる)と考えられるようになれば、学習場面での失敗の原因を、能力不足よりは努力不足に帰属するようになります。学習場面での失敗を努力不足に帰属するように習慣づけると無気力の予防になると言われています(櫻井,2021)。
それでは、教員の皆さんは学生のやる気を引き出すために、どのような声かけを行うとよいのでしょうか?教員の声かけが大学生のやる気に及ぼす効果を検討した研究があります(櫻井,1991)。その研究によれば、数学が苦手な大学生に対して、教員が「努力不足だからもっと努力しなさい」と激励するよりも、「本当は能力があるのだから、もっと努力をしなさい」と激励する方が数学への意欲が高く、教員に対する印象も良好であったという結果が得られています(図2)。

この結果を参考にすれば、教員の皆さんは、「努力によって能力は伸びる」「あなた(学生)には潜在的な能力がある」というメッセージを伝えることで、学生のやる気を引き出すことができると言えるでしょう。1回の声かけで学生のやる気を引き出すのは難しいですが、こうした声かけを積み重ねていくが有効であると考えられます。ただし、周囲からの声かけに対して反応が乏しい場合は、メンタルヘルス上の問題を抱えているケースもあります。その場合は、本人の状態を見極めながら、専門家(学生相談室のカウンセラーなど)につなぐことをお勧めします。
4.まとめ
(1)学生が学習場面で失敗した際には、努力不足に原因を求めるように習慣づけると無気力の予防につながると言われています。
(2)教員からの「努力によって能力は伸びる」+「あなた(学生)には潜在的な能力がある」いう声かけが、学生のやる気を引き出すのに有効な場合があるかもしれません。
引用文献
①櫻井茂男(2021)無気力から立ち直る-「もうダメだ」と思っているあなたへ- 金子書房
②櫻井茂男(1991)子どもの動機づけに及ぼす教師の激励の効果 教育心理学研究,62(1), 31-38.
